声 明

 2010年12月21日、大阪高裁は、「靖国合祀イヤです訴訟」控訴審において、靖国合祀取り消しを求める遺族らの訴えをまたしても踏みにじった。
 
 判決は、靖国合祀に国が積極的に関わった、あるいは、むしろ国が合祀者を決定し、合祀を積極的に進めたという事実に対して、これを「合祀という宗教行為そのものを援助、助長」(判決文)するものだとして、憲法に定めた政教分離原則に違反する行為であると明白に認めた。本訴訟の原告(控訴人)ら8名の親族のみならず、200万人以上のほとんどの靖国合祀者が戦後の日本国憲法下での無断合祀であったことから考えると、靖国神社の合祀行為はそれだけですでに破綻しているといえる。靖国神社は、これを真摯に受け止め、自主的に霊璽簿等の書類から原告ら8名の親族の氏名を削除すべきである。

 しかし、にもかかわらず、判決は、本訴訟の原告ら8名の合祀取り消しを求める権利自体を否定している。
 国と靖国神社は、戦死者を追悼するのではなく、ほめたたえ、戦死者を見習って後につづくものを導くという活動を戦後も一貫して行なってきた。靖国神社は、それが靖国の教義なのだとも述べている。原告ら8名は、身近な親族をこのような靖国神社の布教の道具として利用されることに耐えがたい屈辱を感じており、合祀は、平和と人権の尊重を目指して生きようとする自己の人格の中核に対する攻撃に他ならない。原告ら8名は、親族の合祀の取り消しを求めているだけで、靖国に対抗する宗教活動を目指しているわけではない。合祀が宗教行為であるというだけで、その権利侵害性を頭から否定する奇妙な論理によって、原告の悲痛な訴えを聞こうともしない大阪高裁は、憲法の番人としての裁判所の責務を放棄しているとしか思えない。
 私たち、「靖国合祀イヤです訴訟」原告団・弁護団・共に闘う会は、大きな怒りをもってこの判決に抗議する。

2010年12月29日
靖国合祀イヤです訴訟団